こんにちは。
moyi storeの森です。
4月初旬、まだ肌寒さの残る時期に
人生で未開の地、鹿児島へ行ってきました。
スケジュールの都合上1日のみの滞在でしたが、
いやぁ良かったです、鹿児島。
鹿児島を余すことなく堪能したとは言えませんが、
それでも心地よい余韻が残っています。
みなさんは鹿児島と聞いて何を連想されますか?
僕は、桜島、西郷隆盛、芋焼酎、黒豚、薩摩藩、
そして○○(ここはまたのちほど)くらいでした。
つまりほとんど知らなかったも同然。
訪れる前にある程度は情報収集したものの、
特にピンとくるものはなく。
生で桜島の噴煙が見れたらなぁ、くらいでした。
ところがどっこい、実際鹿児島の地に降り立つと
なんというか雰囲気というか流れる空気が良い。
(空気がきれいとかではなく)
それは気候なのか街並みなのか人たちなのか、
はっきりと掴めないのですが、つまりは性に合う、
そういうことだと思います。
一気に好きになりました、鹿児島県。
スケジュールとしては事前に組んでいた通り、
今回の出張の目的の○○、
それから前々からずっと訪れてみたかった
知覧特攻平和会館に行くことに。
この知覧という場所をご存知の方は
そう多くはないと思います。
でも先の太平洋戦争末期において、
日本軍が組織的戦略として特攻を採用したことは
広く知れ渡っているはず。
この知覧はその出撃地だった場所の一つ、
十死零生の地です。
館内はほとんどが撮影禁止でした。
特攻隊員(ほとんどが20代前後の若い青年)
の遺書が展示の大部分を占めています。
必然的にそれは両親宛のものが多かったです。
特攻とは何だったのか、
特攻隊員の死をどう捉えるのか、
ここでどう感じて何を学ぶのか、
当たり前ですが、人それぞれだと思います。
僕の考え意見はこの平和会館のそれとは
少し違うのですが、行けて良かった。
遠いですが皆さんにもぜひ行って欲しい場所です。
知覧は薩摩半島のちょうど中央あたりに位置します。
ここから今回の宿泊地、熊本の玉名まで移動し、
2日目に備えたわけですが、
では1日目の前半はというと、
今回の出張の最大の目的○○へ。
鹿児島は薩摩川内市で作陶されている
野はら屋 佐々木かおりさんです。
前々からお名前は存じ上げていたものの、
直に器を見る機会に恵まれず、
それがひょんなことから沖縄出張の際に
那覇のふくら舎というお店で拝見し、
グイっと惹き込まれました。
そのときのふくら舎ではやちむんを代表する窯、
北窯の開窯30周年を記念した展示がされていました。
北窯の器はもちろんのこと、そこから卒業して
日本各地で作陶している北窯出身者の器も
一緒に陳列されたおもしろい内容でした。
うちの取り扱いでは中ノ畑窯の器も並んでいて、
沖縄で、やちむんの並びで見ると新鮮に感じたり。
そのなかに佐々木かおりさんの器も並んでいました。
そう、佐々木かおりさんは北窯米司工房出身。
北窯の初期の頃から約10年修行された後、
地元である鹿児島に帰り独立。
現在は2人のお子さんを育てながら、
日々器づくりと向き合っておられます。
(ちなみに女性です)
?
工房周辺の環境。
良い器は良い環境から産まれる、
ここでも例外ではありません。
工房。
まだ未完成のようですが、ゆくゆくは器も
陳列したオープンスペースにされるそう。
そして、
少し見づらいですが、現在自力で登り窯を築窯中。
専門の業者に頼むものなんでは、と驚きましたが、
沖縄の先輩たちはみんな自分でやっていたから、
と飄々とおっしゃる佐々木さん。
自分には完成時期は全く分かりませんが、
登り窯もそこから産まれる器もかなり楽しみです。
窯づくりの作業中の佐々木さん笑
工房内も拝見してます。
他人の家に初めて上がるときかのような気持ち。
沖縄、小鹿田、薩摩、苗代川、朝鮮、などなど
野はら屋 佐々木かおりを形成するさまざまな資料。
成形後、乾燥中の器たち。
ここに写っているものは当店にはやってきませんが、
ある在庫の中から少し選ばせてもらいました。
野はら屋 佐々木かおり
今回は少量の入荷ですが、
当店にはなく並べてみたかった、
佐々木さんの代名詞(と思っている)黒の器、
ふくら舎で見て惹かれたマグカップ類、
耐熱のものや蓋物、ピッチャーなどなど、
これからいろいろと展開できればと思っています。
うちで扱っている他の器とも好相性です。
乞うご期待を。